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2019年9月4日
8月25日 TBSラジオ 嶌信彦 人生百景「志の人たち」
ゲスト:株式会社和の優グローバルCEOのドー・チハウ氏(二夜目) 放送内容まとめ

TBSラジオ 『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(日曜 21:30~)は様々な分野で志を持って取り組まれている方々をゲストにお招きし、どうして今の道を選んだのか、過去の挫折、失敗、転機、覚悟。再起にかけた情熱、人生観などを、嶌が独自の切り口で伺う番組です。2002年10月に開始した「嶌信彦のエネルギッシュトーク」を含めると間もなく17年を迎える長寿番組です。

8月25日は株式会社和の優グローバルCEOのドー・チハウ氏をお迎えした二夜目、通算883回目の放送でした。

一夜目の放送内容まとめからご覧になりたい方は以下リンクよりご覧下さい。

18日 TBSラジオ『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』ゲスト:株式会社和の優グローバルCEOのドー・チハウ氏(一夜目) 放送内容まとめ - 時代を読む

以下8月25日の放送内容の抜粋をお届けします。

早稲田大学大学院での有意義な学生生活
アルバイトをしながら早稲田大学の大学院で国際政治学を学んでいた。それはマレーシアに帰国したら、政治の道に入りたいと考えていたからだ。早稲田大学では、皇后 雅子様のお父様の小和田恆先生に出会った。小和田先生は国連にいらしたことから、一般的な教科書ではなく国連の資料を用い、非常にリアルな話を交えながら授業を行なわれた。素晴らしく、立派な方で、尊敬でき、ものすごく感動した。経験されてきたお話など、あらゆるものが本当にすごく、勉強になった。早稲田大学で学んだことをマレーシアで活かせば、非常に有意義な勉強だったと更に言えると思っている。

■日本のビジネスの弱味
大学院を卒業後、日本の中小企業に入社。大企業では一つの部署が長く業務が限定されることが多いため、中小企業で様々な経験を積んだほうが勉強になると思ったため中小企業に入社。3社ほど経験した。そこでは学校では学べないことを学んだ。

日本の企業の特色の一つは、アメリカの会社は実力主義だが、日本の会社には内部政治闘争や派閥があり、上司から言われたことを反抗せずに守っていることだった。競争させ、実力を出さないと企業は伸びないというのが日本の企業のマイナス面だ。国際化の時代、こんな形ではなかなか勝てない。改革ではなく革新をどうやっていくかが大事。

昨日のことを同じようになっていたのでは日本の企業はのびず、生き残りではなく勝ち残りのために戦っていかないと負けてしまう。

■日本人の資質
日本人は非常に誠実で真面目。かつ責任感が強く頑張っている。特に今の大企業の年配の方々は信用を背負いながら頑張られている方々が多い。その反面、実力をはっきり出せる人材を集めないとグローバル化において日本はこのままでは負けてしまうと思う。

ある中国の大手企業から依頼を受け、ある日本企業に協業を提案していたが、その日本企業は判断に非常に長い時間を要した。最終的にこの案件はドイツの企業に依頼された。日本は責任社会で、契約が失敗した際にクビになるのではないかという懸念を持っている社員が多い。企業精神を持って、企業がどうしたら拡大できるのかを常に考えるべきだ。

■ビジネスの本来のあり方
また、サラリーマン生活で接待に同行することが多かった。私は商品の品質、値段、サービスで勝負して仕事を勝ち取るのが本来のビジネスだと思っている。接待を受けたからといって本来の実力ではなく仕事を勝ち取る企業は伸びないと思う。接待が悪ということではなく接待を受けてしまうと温情が残り、ビジネスの判断が鈍るが、発注後、結果が出てからの接待は多少は良いと思う。マレーシアや香港でも同様なことはある。

■ビジネスで大事にしていること
サラリーマン時代、社長からその商品が売れるか否かがわからないから十分な市場調査は必要なく、売れない場合は安売りしてさばけばよいと言われた。しかしながら私は十分な市場調査を実施し、品質の良いものを適正価格で売るのが本当のビジネスだと思う。そして、それら無しで接待で得た仕事は結果として長続きせず、最終的に失敗している。

これまで、日本の企業を見てきて、ビジネスを始める上で何が大事というと「責任」と「信用」だ。自分のビジネス哲学としてフルサービスを心がけている。ビフォー、アフターも同じサービスを提供しないと信用を失ってしまう。

ビフォー、アフターは何かというと私は不動産業界から事業を開始したが、お客様が不動産を購入し手数料を払って終りではない。その資産を管理し、どうやって守っていくか、どう活用するのかを継続的にフォローし続けている。

■顧客の立場に立ったビジネスを
また、商品を作る際には自分が顧客の立場になった商品作りを心がけている。日本や香港で商品をリサーチしてよいものを作れば、絶対に良い商品が完成する。自分が納得できないものは不良品という扱いにしている。それは、不完全な商品を無理やり販売し、不良品の烙印を押された時点で二度とチャンスは巡ってこない。商品をただ作るだけでなく、お客様の動向まで読まないとビジネスとして成立させることは難しい。

不良品を出さず、良いものを安く届けるため、同じ志を持つ人材を育てていけば必ず成功すると日本で学んだ。それを地道に続けてきたことで、ビジネスを開始した時は、小さい会社だったが、今は規模が大きくなり何社か上場する会社を抱えるまでになった。

■将来を見通すことの重要性
自分が成功したのは、「人脈」と「情報」。これらを非常に大事にした。マーケットを動かすのは人。今後、5年、10年、20年、全て人が動かすものであるから情報が必要。情報によって先を見通せる。今しか見なければ周りはライバルだらけと感じるが、将来を見据えるとライバルがおらず、事業が加速していく。

今の自分があるのは自分自身の力ではなく、人脈やそこから、もたらされた情報のおかげ。その中で重要なのは、その情報が良いものかどうか見極めることだと思う。

■日本の原点と恩人
自分が成功できたのは日本のおかげで、一番お世話になったのは錦糸町でお世話になったお寿司屋さん。それが自分の原点で、受験料をカンパしてくれた板前さんと店長のおかげ。板前さんを探しているがなかなか見つけられない。

大学入学時に保証人が必要で店長に相談すると、養子にならないかと言ってくれたこともあった。マレーシアにいる両親に相談したが、自分は一人っ子なのでその願いを叶えることは出来なかったが、店長と板前さんは自分の両親に次ぐかけがえの無い存在。

「はじめ」という名前のお店だが、以前同じ場所を訪れたら中華料理店になっていた。今、60代だと思うが、もし会えたらもう1軒お寿司屋さんを作ってあげたいと思っている。日本に来て非常に親切にして頂いたことが自分を支えてきた。ぜひこの恩返しをしたい。

■将来、実現したいこと
60代くらいになったらマレーシアに戻り政治家になりたいと思っている。今、マレーシアの中華系マレーシア人の割合が少なく、政治力が薄れてきている。多民族国家なので、民族の壁を無くし、国際化時代を頑張って日本で学んだことを生かしていきたい。

マレーシアの将来は明るい。クアラルンプールに金融特区「TRX(Tun Razak Exchange)」が建設中で、さらにマラッカの大きな港「マラッカ・ゲートウェイ」を作っているので(いずれも2020年に完成予定)、今後の10年は明るいと思っている。

■マレーシアと日本の架け橋に
日本民族は研究開発に強く、ビジネスは中華系が強い。私は新たな事業を始める時、真面目で優秀なので必ずスタッフに日本人を入れる。今後お互いの強みを活かしながら、両国の絆を深めていけるよう精進したい。


これまでの自伝とドー氏がこれまでの日本の経験を通じ感じた、日本企業の強みと弱みを記された書籍は以下リンクを参照下さい。


2019年8月30日
8月18日 TBSラジオ 嶌信彦 人生百景「志の人たち」
ゲスト:株式会社和の優グローバルCEOのドー・チハウ氏(一夜目) 放送内容まとめ

TBSラジオ 『嶌信彦 人生百景「志の人たち」』(日曜 21:30~)は様々な分野で志を持って取り組まれている方々をゲストにお招きし、どうして今の道を選んだのか、過去の挫折、失敗、転機、覚悟。再起にかけた情熱、人生観などを、嶌が独自の切り口で伺う番組です。2002年10月に開始した「嶌信彦のエネルギッシュトーク」を含めると間もなく17年を迎える長寿番組です。

18日は株式会社和の優グローバルCEOのドー・チハウ氏をお迎えした一夜目、通算882回目の放送でした。以下放送内容の抜粋をお届けします。

■父から儒教の教えを守る
マレーシア マレー半島のクアラルンプールの北に位置するペラ州(マレーシア西海岸北部)で誕生。幼い頃から父の背中をみて、「正義」と「信用」が大事と思ってきた。幼い頃は「信用」ということは良く理解できず、「正義」は理解できたのでいじめられていた子を守るような子供だった。儒教の教えから父に「正義」「信用」「責任」「親孝行」を忘れてはいけないと教えられ育った。


■勢力が拡大し、親分的存在になった高校時代
仲間の相談を受けるうちに仲間が2人から4人、そして8人に増え、最終的には2000~3000人の大勢力の親分的存在になった。時にいじめられた仲間のあだ討ちで喧嘩をしたりした。ある日、仲間の一人が4人に殴られ、翌日仲間100人、バイク20台で報復に行くと相手は驚いて逃げ出した。その後、そのウワサを聞いた街のヤクザに呼び出され親分にスカウトされたが、断った。

多民族国家で語学を習得
マレーシアは主に中国系(3割ほど)、マレー系、インド系から成る多民族国家で非常に融和的な国。私は中国系。その環境のおかげで私は小さい頃からマレーシア語、英語、広東語、福建語の4つの言葉を習得しており、もう一つ言葉を覚えれば武器になり国際的な貿易やビジネスが出来ると若い時から考えていた。

■日本への関心の高まり
マレーシアはイギリスの植民地だったことからイギリスの法律の影響を受けており、イギリスに留学したいと思っていた。調べると1年間で1千万円ほど必要で、学業とアルバイトを並行出来る状況ではないこともわかった。父に相談したが金銭的に厳しく、それなら当時マハティール首相が推進していた「ルック・イースト(東方)政策」(日本の復興、近代化を見習う政策)の手本である日本で学ぼうと思い始めた。

「ルック・イースト」と日本はマレーシアで好評で、日本のサムライ精神、忍耐力、礼儀正しさ、信用など、マレーシア人にとって学ぶべき文化だと皆が共通の認識を持っていた。

私は子供の頃から世界をみたいと思っており、アメリカにも興味があった。しかしながら、アメリカは銃社会で父は快く思っていなかった。日本は平和で、礼儀正しく、安心できることから父が留学先として日本を勧めたことも決め手の一つだった。

日本を留学先にしたもう一つの決め手は、日本は学びながらアルバイトが可能なことだった。オーストラリア、アメリカ、イギリスではアルバイトと学業を並行しながら留学することは厳しい。実家が裕福ではなかったので、自分で留学費用を工面し、生活の糧として学業とアルバイトを両立させなくてはならなかった。日本に来て、アルバイトと学業を並行出来たのは本当に助かった。

■期待を膨らませ日本へ
21歳で好奇心を持ちドキドキしながら来日した。日本で一番見たいと思っていたのは「雪」だった。初めて「雪」を見た時、綺麗で感動したが、本当に寒く、一度見て満足した。

もう一つやりたかったことは、日本の文化を学びたかった。日本は戦後、一気に経済成長を遂げ、先進国の仲間入りをした素晴らしい民族。今なお多くのことを学ぶべきだと思い、日本の文化や日本の精神を学んでいるとともに、自分の子供を日本の学校に通わせ日本の文化、哲学を学ばせている。

■来日時の苦労
来日前、証券会社で勤務していた時代(91、92年頃)はアジア経済が活況だった。少しづつ株式投資を続け儲けることができ、そのお金で何かあったらすぐに帰国できるよう往復航空券を買い、残り13万円の現金を握り締めて来日。

来日当初、日本語が全くできなかった。来日直後、一緒に来日したマレーシア人7人のなかで一番若いポーさんからお金の相談を受けた。「実は1円も持ってきておらず、そのうち仕送りが母から来るので3万円貸して欲しい。」と言われ、「いつ仕送りはくるのか?」とたずねたが「わからない」と言われた。

持参した13万円のうち、3万円の自転車と布団を買い、3万円貸すと4万円しか手元に残らない状況で非常に悩んだが ”神様に無事に過ごせるよう祈り”、ポーさんに3万円貸した。早く、働かないといけないと思い、紹介されたのが錦糸町のすし屋だった。

■恩人に出会う
そのすし屋は店長、板前さんで営まれ、私は出前を担当することになった。当初、「よろしくお願いします」という日本語しかわからず、お互いにボディランゲージと、英語をおりまぜ会話していた。半年ほど経ち仲良くなった頃、大学受験料の3万円を工面しなくてはならないという事情を知った板前さんが毎日お酒のビンに500円づつ入れカンパしてくれ、必ず出世払いしようと心に誓った。

また、お金が無かったので朝食は食べず、9:00から13:00に学校に行った後、すし屋のまかないまで何も食べられなかった。その事情を知った板前さんが店長に相談してくれ、それ以来、店長が毎日アルバイトの帰りに朝食用のパンを1個くれるようになった。

さらにアルバイトを増やしたいと思い、知り合いのマレー大学に留学していたエツコさんという方に仕事を紹介してもらい、土日もフルタイムで働くようになった。そこは、19時から21時まではディナーを食べながらバンド音楽を楽しみ、その後明け方までディスコになるところ。当初ホールで働いていたが、にぎやかだったので店長に相談し、外にある駐車場の担当に変えてもらった。200台ほど止められる大きな駐車場で車が来ない時は本を読んでいられたのでよかった。

当初、駐車場の売上は1~2万円程度だったが、近所のクラブなどの車を誘導したり工夫を重ねていき最終的に毎月40~50万円にまで増やすことができた。この時の経験は、いろいろと勉強になるものだった。

二夜目25日の放送内容のまとめは以下リンクを参照下さい。


ドー氏が上梓された書籍


2019年8月18日
マレーシア人ビジネスマンの呉志豪(ドー・チハウ)さんを迎える

TBSラジオ 毎週日曜日 21:30-22:00 放送 嶌信彦 人生百景「志の人たち」

ジャーナリスト嶌信彦が、私たちの国ニッポンの素晴らしくも感動的に生きる人たちの声を伝えます。

 8月18日(日) 21:30-22:00 放送 
株式会社和の優グローバルCEOのドウ・チハウさんを迎える一夜目

マレーシア人の彼が21歳の時に日本に留学、日本語も不自由で失敗続きだったのに、当時知り合った人々に助けられたことがきっかけで、今は「アジア諸国と日本企業とを結ぶ懸け橋になりたい」と世界を飛び回っている、その人生観を聴いた。



 8月25日(日) 21:30-22:00 放送 
株式会社和の優グローバルCEOのドウ・チハウさんを迎える二夜目

日本で学んだビジネス経験をもとに、日本の優れた製品やサービスを世界に向けて発信する会社の社長として、「アジア諸国と日本企業とを結ぶ懸け橋になりたい」と世界を飛び回る人生観について聴いた。




TBSラジオ『嶌信彦 人生百景 志の人たち』は毎週日曜日夜9時30分から放送中。ラジオ受信機では、AM954kHz、FM90.5MHz。
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